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これから起こることーー序章ーー

 あなたは、聖書に書かれている預言にーー予言ーーと言ってもよいが、どれほどご存じであろうか。 聖書予言は創世記第三章から始まっているのであるが、あまりにも遠大で描写しきれないので、今回は、新約聖書から少しずつ紐解いていくとしよう。 なお、この項は今回では終わらない。 預言ー予言ーには、地球上の時系列と、空間的時系列、そして、形態的時系列があることを知っていtだきたい。 そして、地球上の時系列を中心に論じていくと、これから地球上にはおよそ16回の、政治的、軍事的、自然的、そして霊的な事件と変化が起こる。 およそ、と言っているのは、事象の分類上の問題である。 なお、執筆にはある記述、また、読者の理解のレベルを勘案して、程度のバイアスをかけていく。それでも危険だと判断した場合は連載をやめることがあるので容赦をお願いする。

パブリックコミットメント(トラウマへの対処法)クリニック礼拝2

  4:6    何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。   苦境の時にトラウマにならない方法 トラウマ 人は、強い苦境に会うと、その心理的な苦しさから抜けられなくなり、その影響で視野が狭くなり、さらに失敗を犯す危険性が強くなる。 内藤氏(心理学者)によると、 「人間の物理的な視野は、悲観的になるほど狭くなる 落ち込んでいる人ほど視野が狭くなるので、電柱にぶつかったり交通事故に遭ったりしやすくなる。 という悪循環に陥る   トラウマ 心的外傷 (しんてきがいしょう、英語 : psychological trauma 、 トラウマ )とは、外的内的要因による衝撃的な肉体的、精神的な衝撃を受けた事で、長い間それにとらわれてしまう状態で、また否定的な影響を持っていることを指す。心的外傷となるような体験を、 外傷体験 ( traumatic experience )という。 笑って楽しい気分になれば視野が広がり、普段気付かないことにも気付くようになる。アイデアも湧き出すし、ビジネスチャンスも見つかり易くなる。(上述内藤氏)   神様は、人間が落ち込むことを願っておられない。イエス・キリストは、落ち込んだ私たち人間の罪を赦し、苦難から救うためにこの世に来て下さり、十字架にかかって死んで下さった。   聖書の心の整理の仕方 パウロは、人が困難にあった時に、悲観的にならず、冷静に、客観的に状況を判断して困難を切り抜けるために、イエス・キリストに頼るべきだと勧めている。 その方法は、「喜び」「感謝」「祈り」「願い」の4つである。  Php 3:1  最後に、わたしの兄弟たちよ。主にあって喜びなさい。さきに書いたのと同じことをここで繰り返すが、それは、わたしには煩らわしいことではなく、あなたがたには安全なことになる。    (1)「喜び」 Php 4:4    あなたがたは、主にあっていつも喜びなさい。繰り返して言うが、喜びなさい。 4:6    何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるとこ...

善と幸福

Mat 13:44   天国は、畑に隠してある宝のようなものである。人がそれを見つけると隠しておき、喜びのあまり、行って持ち物をみな売りはらい、そしてその畑を買うのである。 Ecc 11:1   あなたのパンを水の上に投げよ、多くの日の後、あなたはそれを得るからである。 1.イエス・キリスト様は、聖書の言葉を信じて実行する人が繁栄するために、私たちの罪のために十字架にかかって死なれ、三日目に復活されました。 2.聖書は、私たちが繁栄するための宝が隠されている畑のようなものです。宝とは、もちろん金銭や宝石、また、あらゆるこの世的な富のようなものばかりではありません。 本当の宝は人間として、家族として、自分の所属する組織の一員として、幸福を得るために神様から来る知恵、思いがけない助け、温かい人間関係など、様々な資産のようなものです。 目に見える宝を本当の幸福よりも優先すると、本当の幸福を得ることはできません。多くの人は、幸福は目に見える金銭や財産にかかっていると勘違いして、本当の幸福を得られなくなっています。  神様の原則を守って生きるなら、前述の様々な助けがあります。 3.聖書の原則によれば、私たちが成功する秘訣は、日ごろ、善をおこなう事を心がける事です。それは、何かの計画をするよりも重要なことです。 イエス様は、この世の末には人々の心が冷えて不法がはびこると言われました。 私たちは、あたかもこの世で自分一人しかいないように考えて、他人の事を考えないで、思いやりのない生き方をすることは神様の望んでおられる事ではありません。そういう生き方は結局自分を幸福にすることはできないのです。 私たちがこの世でよりよく生きるためには、私たち自身が、何か善をしようという心がけが大切です。( ヤコブ4章13‐17節)  

神様は私の友人(クリニック礼拝No1)

  恵みの時 わたしたちはまた、神と共に働く者として、あなたがたに勧める。神の恵みをいたずらに受けてはならない。神はこう言われる、「わたしは、恵みの時にあなたの願いを聞きいれ、救いの日にあなたを助けた。」見よ、今は恵みの時、見よ、今は救いの日である。 第二コリント6章1、2節   生れながらの人は、神様を知っているでしょうか。 また、生まれながらの人は、神様に喜ばれているでしょうか。 どうしたら、自分は神様を知っているか、また、神様に知られているかがわかるでしょうか?   それは、自分にこう聞いてみるとわかります。 自分は、神様に何でも聞いてみることができるでしょうか? 何でも神様に頼むことができるでしょうか。 両親や、仲の良い友人に願い事をするように、神様に願い事をして、聞いていただいているでしょうか? 私は、何かをなくすと、たとえば、財布をなくしたり、・・私の財布は、お金はあまり入っていないのですが、自分と、教会関係(会計用の様々な通帳に対応した)キャッシュカードが2,3枚も入っています。VISAのクレジットカードも4,5枚あります。免許証もあり、様々な証明書(印鑑証明、住基カード等)が入っています。なくしたら、えらいことです。それでも、どこの銀行のクレジットカードなのかさえ、覚えていません。 でも、年に2,3回どっかに行ってしまって、数日間出てこないことがあります。そのような時には、あせりを感じながら、一生懸命に祈って捜します。そして出てくるのです。 そして、神様に対して、「ハレルヤ!主よ、感謝します。」と言うのです。 ある宣教師も、財布、小切手、外国人ビザ、・・ある日はロサンエジェルス空港に忘れてきたので、関空の拘置所に一晩入れられたそうですが、・・・が入っているポシェットをよく忘れます。そして、周りの人がはらはらして、一生懸命祈って見つけます。以前、教会のキャンプで遠くに行った時、どこかに忘れてしまいました。みんなで一生懸命祈ったら、どうやらコンビニだと思いだして、電話すると、ちゃんとありました。                このように、神様との間に和解ができていて、平和な状態なら...

神の無限性とそれを表す宇宙

宇宙の存在と神 聖書の神には、定義として使えない言葉がある。それは、最大という言葉と、限界という言葉である。神はあらゆることで無限infinity であって、神に関する全ての物事は測定ができない 宇宙の大きさについて考えてみよう。宇宙は約140億年前に起こったビッグバンから始まった。 たとえば宇宙の元になる物質が最大で光速で飛び離れたとすると、宇宙の大きさは、最大で半径140億光年の球体である。 また、宇宙に存在する星の数は、一説では1000兆、他では一つに3000億の星を包含する銀河星雲が二兆個である。 宇宙を舞台にした多くのサイエンス小説や映画があるが、ほとんどは一つの銀河の中の、幾つかの星が舞台となっている。何千億個、何兆個の星をテーマにした小説や映画などは、この世のホコリより小さくて虚しい存在である人間にできるはずもない。 此のような数は、想像を絶する、というよりも、もはや私たちには馬鹿げた、自分にとって考える意味のない数字である。 しかし神にとっては、神にとっては、6000兆以上の星の一つ一つに特別な意味がある。神は存在意味のない物は一切造らないのである。別章で考証するが、神が数千兆の星の一つ一つを完全に掌握しているといっても、汎神論について述べているのではない。 数千兆の星に何かの人格や意志があるのではなく、ただ神が、御自分が創造された数千兆の一つ一つ星の極細部に至るまでの情報を持ち、御自分の思い通りにある星を新しく作られ、ある星は破壊して宇宙のチリにされる。 神はそれを通して我々人類に神の恐るべき力と我々人類のあまりにも惨めで、神の世界に住む資格などは全くないことを思い知らされるのである。

素粒子以前と神ーー略奪されている天国

「聞く耳のある者は聞きなさい」   「聞いて、悟って、実行すれば莫大な利益があるが、きき流してしまえば逆に莫大な利益を逃すことになる、という意味です。 天国は取税人や遊女が真っ先に獲得した イエス・キリストは、天国にある下記の5つのとてつもないものについてを獲得しなさいと言われました。 この世では当時のユダヤ人社会に最も軽蔑され、人並みの幸福をあきらめなければならなかった取税人たちや遊女たちは、バプテスマのヨハネ以来、長い間待望されていたメシアこそがイエス・キリストという名において自分たちの目の前に現れたことを歓迎して受け入れたのです。 あなたが天国を信じるかどうかはあなた次第ですが、もしあなたが「聞く耳」持っているなら、次のことに耳を傾けなさい。 1.「天国の略奪」 イエス・キリストは、「 Mat 11:12   バプテスマのヨハネの時から今に至るまで、天国は激しく襲われている。そして激しく襲う者たちがそれを奪い取っている。」と言あわれています。  私たちは、天国にある5つのとてつもない利益を得る方法があります。 1.とてつもない生活ができる 2.とてつもない邸宅を得る方法 3.とてつもない宝を得る方法 4.とてつもない栄誉を得る方法 とてつもない栄誉を得る方法 2.天国を略奪する とてつもない生活を得る方法 ① 永遠に生きる方法 まず、だれも信じることができない利益は、永遠に生きる、いわば、永遠の命を得ることです。多分、これを読んだ人の多くは、真っ先にこの方法をバカバカしいと思うにちがいないでしょう。 その人たちは「死のおそれ」に捕らわれていて、死後のことなど考えることすらバカバカしいと思っています。 しかし、それは死後の世界があるかないかを検証した結果ではなく、単に死を超越した永遠の命などあり得ない、と、思い込まされているだけです。 しかし、人間には死の恐れがあります。死後はどうなるのか、という恐れから、様々な思想が起こっていますが、仏教では、「無」に帰する、教えています。 無になってしまえば、死も考えることなく、恐れもないという考え方です。 しかし、それでも納得いかないので、六道輪廻や、解脱、涅槃に渡るなど、様々なことを考えていますが、あくまで人間が「ありそうだ」と考えている世界です。 仏門に入っても死後に何があ...

硬派神学校

 今日は、硬派神学校にようこそ このブログは、40年以上牧師として教会で説教してきたが、立場上あまり神学に深入りした説教は普段はしない。そこでここでは聖書そのものをギリシャ語、へブル語などの聖書言語知識の研究もふくめた聖書学や聖書歴史、聖書科学、弁証論の学び場所とする。また、この神学の学舎は研究の土台とするために、kigjames virsionすなわち、テキストレセイプタスを、その底本であるビザンチンテキストを参照しながら翻訳している。 翻訳は現在も進行中で、翻訳を終了した書からアップしている。 この学舎の立場は徹底した聖書主義である。根本主義神学とも呼ばれている。 また、投稿は、聖書の翻訳を優先しているので、他の神学学びは不定期的なものになっていることをご理解頂きたい。 さて、まずは聖書を読むことから学びを始めよう。アップデートされた書を読んでいただきたい。後に述べるが、この書を読むことには非常に大きな意味がある。

終末について  第一部 地球と宇宙の始まり

さて、終わりは始まりがなければ存在しない。 宇宙には始まりがあり、地球にも始まりがあり、人間にも始まりがあり、文明にも始まりがある。その他どんなものでも始まりがある。 そして、それらの始まりがあるすべてのものは、その役目を終えれば終わりがくるのである。 人間と多くの生物の住むこの地球にも終わるときが来る。 また、140億年以上昔に、できた宇宙も、始まりがあるので終わりがある。 この世界の終わり時には何が起こるであろうか。 ぺテロは、地球を含めた天体は焼け崩れる。と言っており、イエスキリストも同様なことを言っておられる。 このことをギリシャ語でたどると、天体の要素、、に科学的に言えば素粒子よりももっと小さくて、真の意味のアトム根底的な物質を構成する法則ーあるいは力 デュナブルーー消滅させれたりすることさえもされると予言されているのである。