硬派神学校
今日は、硬派神学校にようこそ
このブログは、40年以上牧師として教会で説教してきたが、立場上あまり神学に深入りした説教は普段はしない。そこでここでは聖書そのものをギリシャ語、へブル語などの聖書言語知識の研究もふくめた聖書学や聖書歴史、聖書科学、弁証論の学び場所とする。また、この神学の学舎は研究の土台とするために、kigjames virsionすなわち、テキストレセイプタスを、その底本であるビザンチンテキストを参照しながら翻訳している。
翻訳は現在も進行中で、翻訳を終了した書からアップしている。
この学舎の立場は徹底した聖書主義である。根本主義神学とも呼ばれている。
また、投稿は、聖書の翻訳を優先しているので、他の神学学びは不定期的なものになっていることをご理解頂きたい。
さて、まずは聖書を読むことから学びを始めよう。アップデートされた書を読んでいただきたい。後に述べるが、この書を読むことには非常に大きな意味がある。
「聞く耳のある者は聞きなさい」
返信削除「聞いて、悟って、実行すれば莫大な利益があるが、きき流してしまえば逆に莫大な利益を逃すことになる、という意味です。
1.「バプテスマのヨハネの時からの大変革」
イエス・キリストは、「Mat 11:12 バプテスマのヨハネの時から今に至るまで、天国は激しく襲われている。そして激しく襲う者たちがそれを奪い取っている。」と言われています。
これは、地上の富、名誉、快楽、健康の価値が損なわれて、ユダヤ人だけではなく、メシアによって天国の門が開かれ、すべての人々に永遠の命を得、永遠の宝を天に蓄積することができるという、とてつもない莫大な利益を得るチャンスが開かれたことを示しています。
2.永遠の命という、とてつもない利益
① 永遠の命の価値を知る
莫大な利益とは、まず永遠の命のことです。永遠のいう言葉のとてつもない重さはとてつもない重さであり、安易に聞き逃してしまえば取返しのつかない屈辱と不名誉と、苦痛が永遠に続く場所に放り込まれのです。
ですから、すべての人は、永遠という言葉の重さを心に受け留めて、自分の命を永遠の苦痛と悲しみの世界に放逐しないように、細心の注意を払うべきです。
② 永遠の命を得させない障害の除去
さて、永遠のいのちの利益にかえりましょう。すなわち、その利益とは、自分に対する神の大きな愛を信じて幼子のようにイエス・キリストを信じ、彼の十字架の贖いによって私たちが天国に行くための完璧な妨害となっている罪と言う壁を破壊していただき、罪の罰からのがれて永遠の幸福を得るという利益の事です。
③ 幼子のように天国を受け入れる
だれも永遠の命というとてつもない利益を自分の力で手に入れることは出来ません。なぜなら、この利益は自分の力で得られるものではなく、天の神の愛を信じて幼子が両親を当たり前のように受け入れるように、神の愛について疑うことなく自然に受け入れることです。
幼子のように天国を受け入れるとは、どのようなことでしょうか?生まれたばかりの幼子は、母親の母乳を疑いなく信じて飲みます。
また、成長していくにつれて、保育園、小学校、中学校、・・と、用意されている道を当たり前のように歩んでいきます。
同様に、永遠のいのちにつながる道は、神が用意している道を受け入れて歩むことによって入り、そして進むことができるのです。
④ 永遠の命は、取税人や遊女が真っ先に得た
この世では当時のユダヤ人社会に最も軽蔑され、人並みの幸福をあきらめなければならなかった取税人たちや遊女たちは、バプテスマのヨハネ以来、長い間待望されていたメシアこそがイエス・キリストという名において自分たちの目の前に現れたことを歓迎して受け入れたのです。
3. 言葉によって永遠の命を得る。
「言葉はあなたの近くにある。あなたの口にあり、心にある」。この言葉とは、わたしたちが宣べ伝えている信仰の言葉である。Rom 10:8
人が最初に受け入れるべきことは、救いの言葉を信じて受け入れることです。
例をあげましょう。
1.主の御名を呼ぶ者はすべて救われる。(ローマ10章13節、ヨエル書2章32節
2. すなわち、自分の口で、イエスは主であると告白し、自分の心で、神が死人の中からイエスをよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われる。 Rom 10:9
3.主の御声に従って心の扉を開けば救われる。
Rev 3:20 見よ、わたしは戸の外に立って、たたいている。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしはその中にはいって彼と食を共にし、彼もまたわたしと食を共にするであろう。
4.人生の疲れをいやそうというキリストの言葉に従うことによって救われる。マタイ11章28節
4 天国における永遠の価値のある資産形成
先に、私は、永遠という、とてつもない言葉と、永遠の命を得るというとてつもないものを獲得することについて語ったが、次になすべきことは、永遠の命を得るのと同様に、永遠の資産と言う、これもとてつもない価値のあるものをこの世で獲得して天国に積み上げることです。
我々は地上で働いて資産を形成するように、天国においても資産を積み上げるチャンスが与えられているのです。
さて、神様は、私たちに永遠のいのちを得たならば、神はその上に天に永遠に残る宝を積み上げて、将来に備えよと命じ、忠告しておられます。
この世の宝は虫が食い、さびがついて使えなくなってしまうが、天に積み上げた宝は決してその価値が減ることなく、永遠に自分のものとなるからです。